わたしは子宮頸がんだった。

わたしは子宮頸がんだった

今から9年前、42歳の時にわたしは子宮頸がんの診断を受けました。ステージはⅡbでした。治療をし8年が経った今も生きています。いま、子宮頸がんの治療をしている人やそのご家族へのエールをこめてわたしの体験談をつづります。

がん宣告をうける

生理の出血がいつもよりとても多く、大きなレバー状の血の塊がずっと混じっていました。

そのうち終わるだろうと軽い気持ちでいましたが、症状はおさまらず次第にめまいや激しい頭痛がおこりました。病院へ行きました。あいにく日曜日だった為にまさ近所の救急指定病院を受診しました。

内科のドクターに症状を説明し、痛み止めの点滴をうけ、痛み止めを処方してもらい帰宅しました。

しかし、帰宅後、頭痛はおさまらず、体から力が抜けたようになり体調は悪くなる一方でした。

たまらずに隣町の休日当番医の産婦人科を受診しました。

診察後、ドクターから

「子宮筋腫の上に悪いものが出来ています。重度の貧血で危険な状態だから救急車を呼ぶから紹介状をもって総合病院へ行ってください。」との指示を受け即入院です。

まさに青天の霹靂です。

子宮頸がんの検査

がん検診の時には細胞診のみを行いますが、細胞診の結果がんの疑いのある場合は精密検査として組織新、コルボススコープを使用した検査を行います。そのほかに内診、、直腸診、超音波、CT,MR検査が行われます。

細胞診

子宮の入り口付近を綿棒やブラシなどでこすって細胞を採取し顕微鏡で細胞を検査します。

組織診

細胞診で異常があった場合に問題のある部分から細胞を切り取り顕微鏡で診断します。

この時痛みを感じたり出血したりすることがあります。検査は外来の診察室で行われますが、

採取する組織が小さいため上皮がんか、それ以上の進行したがんかを見極めるのがむつかしい時はこの検査を何度か行う場合があります。

時には入院し円錐切除術という方法で組織診断する場合があります。

コルボスコープ診

コルボスコープは拡大鏡で子宮頸部の粘膜の表面を拡大し患部を細かく診ます。ここで異常が疑われる部分を採取します。組織を採取する場合にコルボスコープの拡鏡で異常と疑われる部位に狙いを定めて採取します。

超音波検査

身体の表面や膣から超音波をあて子宮頸がんの性質や腫瘍とまわりの臓器の位置関係やリンパ節や他の臓器への転移など調べます。

CT、MR検査

CT検査はXを使い体の内部を描き出し治療前に転移や周りの臓器への癌の広がりを調べます。また、骨などの水分の少ない箇所を検査するのに適しています。検査時間はMRIに比べて短時間で済みます。

MRI検査は水分と筋肉の多い箇所の撮影に適しています。そして磁気を使うので放射線被ばくがないので妊婦でも検査可能です。造影剤を使用しなくても撮影を行えるので造影剤アレルギーの人も検査を受けられます。

立ち話ていどのがん宣告?

紹介先の病院の入院翌日に検査をうけました。

検査後にドクターがふらり病室に来て立ったまま

「あ~検査の結果、子宮頸癌でした」とサラリと「がん宣告」です。

正直「へっ?」って感じでした。

直接本人に病名を言っちゃうんだ?

家族を呼ばないのか?

「わずか10分のがん告知」でした。

ドラマや映画では診察室に呼ばれ検査画像を見ながら説明を受けて告知するというシーンを観るので自分の時もそうなのかなと思っていました。

実際に祖母の時は、わたしがドクターから診察室で「膵臓がん」の告知を受けました。

そんな立ち話のような感じで癌宣告を受け、続いて治療について説明を受けました。

「手術だと癌細胞を広げてしまう恐れがあるので放射線治療で癌を小さくしてから手術をすることになるでしょう」とのことでした。

翌日、診察室に呼ばれ癌患部の画像をみながら詳しい説明をうけ、今後は放射線治療の設備がないので県立の癌センターで治療をうけるようにと紹介状を書いてもらいました。

深刻な貧血状態のため入院中に輸血を2回受けました。

ドクターによると失血死直前の危険な状態だったようです。

危なかった・・・

働きながらのがん治療を選択

1週間ほどの入院生活を終えドクターから紹介状をもらい、1週間後にがんセンターを受診しました。

担当ドクターから詳しい説明を受けました。

わたしの「がん」は進行したステージⅡa~bの間でした。

5年生存率80% 初めて自分の寿命をつきつけられた瞬間でした。

治療の選択肢は3つ

・放射線+外科的治療(手術)+化学療法(抗がん剤)・・・当時のスタンダード治療

・放射線+化学療法

・放射線のみ

次の受診日までに決めてくるようにとのことでした。

当時高校生だった小心者の娘のことを考えると内緒で治療を受けられる放射線治療での単独治療をを選びました。仕事をしながら通院で治療を受けることが出来ます。化学療法との併用も考えましたがドクターの

5年生存率80%を5%棚上げするだけで、むしろ抗がん剤により免疫を下げてしまうので勧めないとのご意見で放射線単独治療に決めました。

実際に治療がはじまったのは受診してから20日後くらいでした。

がんの患者さんが大勢治療を受けていてなかなか治療の予約が取れませんでした。

わたしは、直ぐに治療を始めないとがんはどんどん進行してしまうのではないかと心配でしたがドクターの「心配ありませんよ」のひとことで安心しました。

子宮頸がんとは

出典 特別公益社団法人 日本産婦人学会

子宮頸がんについて簡単に説明します。子宮頸がんは子宮がんの7割を占めています。子宮の入り口の子宮頸部という場所にできる癌です。

性交渉によってヒトパピロマーマウィルス(HPV)感染が原因とされています。感染したからといってすべての人が癌を発症するわけではありません。感染して2年以内には90%の人は自己免疫でウィルスは排除されます。10%は排除できずにがんの前段階の異形細胞が増殖されます。

この状態が持続して自然治癒されずに子宮頸がんになっていきます。初期段階では他のがんと同じく自覚症状はありません。段々症状が進んでいく異常なおりものや不正出血や性交時の不正出血、下腹部の痛みなどがあらわれます。このような症状が出たら、迷わず受診することをお勧めします。

子宮頸がんは他のがんと比べて初期の段階で治療をすれば完治も可能です。そして子宮を残すことができます。妊娠・出産も可能です。

重要なのは早期発見、早期治療です。がん検診は必ず受けましょう。

現在は子宮頸がんを予防するためのワクチンも開発されています。

癌治療開始前のあいさつ回り

がんセンターを受診する前にしばらく普通の生活ができなくなると思い込んだわたしは

「会いたい人たちに会っておこう!」

と友人たちと会いまくりました。心配をかけるといけないので一部の人以外には病気のことは告げずにランチに誘い楽しい時間を過ごしました。

遠く離れたところに住んでいる友人には電話をかけおしゃべり。とても楽しかったです。

それに治療中にもかかわらず関西旅行もしちゃいました名古屋城やノリタケのミュージアムにも行きました。エビフライは食べませんでしたが名古屋コーチンを使った「とりそば」を食べました。とても美味しかったです!

楽しい時間を過ごしている時は自分が癌だということを忘れられました。振り返ってみると放射線治療を開始した直後は副作用で乗り物酔いのような状態でつらかったです。しかし普段と変わらない生活をしていたおかげで気持ちが「がん」に負けなかったのかもしれません。

がんをあなどらず、しかし必要以上に怖がらないことが大切です。

次回はわたしの放射線治療体験についてご紹介します。

最後までお読みいただきありがとうございます